長崎大学 工学部 工学科 電気電子工学コース

中野・柳井研究室

研究紹介
ドライプロセスグループ(中野・山下Gr)とウェットプロセスグループ(柳井Gr)に分かれて,主に1 μm以上の比較的厚い磁性体膜(厚膜と呼んでいます)の研究に注力しています。
ドライプロセスを利用した厚膜磁石創製とその応用(中野・山下)
PLD法 (Pulsed Laser Deposition)
ターゲットにレーザを照射し,レーザアブレーション現象を利用し成膜する手法。従来,レーザの①波長,②周波数,③エネルギー密度をパラメータとし,デブリ(ドロップレット)の少ない緻密な薄膜形成条件を見出すことにより,特に,(1)酸化物超伝導体などの複雑な組成を有する薄膜形成,(2)エピタキシャル成長を利用した単結晶薄膜などに有効である事が知られている。 一方,本研究室では,紫外線波長のYAGレーザのエネルギー密度を制御する事により,数μm径以上の粒子(下図:プルーム内の丸型の粒子)を真空中で作製し,短時間での厚膜形成に利用している。具体的には,「厚膜磁石の開発とデバイス・MEMS応用」,「多周期積層ナノコンポジット磁石膜」,「高抵抗軟磁性厚膜」等の研究に展開している。

希土類系厚膜磁石(ミニマグ)の開発と小型デバイス・MEMSへの応用
所望する「組成」ならびに「微細構造」を有する厚膜磁石の開発にあたり,「ターゲット組成とレーザ条件の制御」,ならびに「真空中でのアモルファスのNd(Pr)-Fe-B系粒子の作製と熱処理条件制御」に取り組んできた。デバイスへの応用には,「磁気特性の制御(デバイス応用に適した磁気特性の設計であり,単なる磁気特性の向上には限らない)」と共に,「機械的性質(剥離現象の抑制など)」にも着目する必要がある。更に,MEMS応用にあたり,「微細加工」や「マイクロ着磁」などへの展開も重要となる。以下に,本研究室で開発してきたデバイス応用の流れを写真で示す。


2000年~2010年の期間(企業・大学との共同開発)の一例


2010年以降(企業・大学との共同開発)の一例
ナノコンポジット磁石膜に関する研究究
PLD法で用いるターゲットに異なるターゲットを組み合わせたマルチターゲットを用いることで,容易に積層構造を有する膜の作製が可能であることに着目した。加えて,ターゲットの割合や回転速度,レーザの出力を変化させることで積層周期を制御できることも確認した。 本研究ではハード材料(Nd-Fe-B,Pr-Fe-B,Sm-Coなど)とソフト材料(Fe,Fe-Co)を組み合わせたマルチターゲットを用いることで,積層型ナノコンポジット磁石膜(下図参照)の作製を検討し,磁気特性の向上や微細構造の観察を行っている。更に,照射するレーザのエネルギー密度を変化させることで,単層のターゲットから分散型ナノコンポジット磁石膜が作製可能であることも既に報告している。



白金系厚膜磁石に関する研究
医療用応用を鑑みた「厚さ:数 10 μm厚以上」のFe-Pt系厚膜磁石の開発を,PLD法で展開している。
(1) 金属基板上
ターゲットへのレーザ照射の際に発生する輻射熱を利用し,基板加熱装置やポストアニーリングを不要とするプロセスの開発
(2) Si基板上
成膜直後に「破壊することなく剥離する現象」を利用し,様々な材料への接着を今後展開する予定。
真空アーク蒸着法 APG (Arc Plasma Gun)
真空アーク蒸着法とは,真空中でアーク放電を発生させ陰極材を蒸発させ,基板に堆積させる成膜技術であり,実社会では,自動車部品、産業機械等の耐摩耗性や耐食性、摺動性を向上させるためのコーティング技術などに応用されている。本研究室では,「厚膜磁石の開発における現象のメカニズム解明」に対し,「Fe薄膜の形成」に関する研究や上記PLD法の代替技術としての研究を展開している。例えば,厚膜磁石の開発では,PLD法と同様に短時間での厚膜を形成できる一方,「試料端部での磁気特性の劣化」といった特有な現象が観察され,大面積化などを踏まえて,今後研究を進展させる予定。

ウェットプロセスを用いた磁性厚膜作製とその応用(柳井)
我々の研究室では,膜厚数μm~数百μm領域の硬・軟磁性膜を主な研究対象としています。マイクロメートルは10^-6 mなので小さいと感じるかもしれませんが,原子の大きさが10^-10 mなので1 μmの厚さを得るには原子を10,000個積み上げる必要があります。例えば,原子をパチンコ玉のサイズとすると約100 m積み上げる必要があります。代表的な成膜手法であるスパッタリング法では成膜速度がせいぜい0.1 μm/minなので1 μmの厚さを得るのに10 minかかります。それに対し,めっき法では3 μm/min (Fe-Ni膜に対する我々の実績)と高速で成膜できるためわずか20 secで完成します。パチンコ玉で考えれば1 minで東京タワーの高さまで積み上げることに相当すると言えばその速さを感じてもらえるのではないでしょうか。1 μmの厚さならスパッタリング法でも作れますが100 μmになると1,000 min (約17 h)となり,めっき法の高速成膜(33 min)の利点が際立ってきます。ウェットプロセスGrは,高速成膜でき,かつ装置が簡素である利点を活かし,めっき法を機能性膜(主に磁性膜)の創製に利用しています。めっき技術は身の回りに様々使われています。実際にどんなところに使われているかは,上村工業のWebサイトでいろいろ紹介されているので参考にしてみて下さい。
Fe-Ni系軟磁性電解めっき厚膜
近年,IoT技術の普及により,様々な物理量を電気信号に変換するセンサの必要性が高まっています。我々の研究室では,産業用途での利用を目指した電流・磁界センサ用のコア材料を電解めっき法で作製し,その高性能化を目指しています。Fe-Ni系めっき法は,従来も多くの研究者によって研究されてきましたが,その多くはわが国で排水規制されているホウ素(ホウ酸)をめっき浴内に含むものでした。これに対して,Niめっきの分野で提案されたクエン酸によるホウ酸代替にいち早く着目し,磁性体めっき膜への応用を行ってきました。現在では,高い電流密度を用いた成膜プロセスを確立し,高い成膜速度(> 0.1 mm/h)を特長とする軟磁性厚膜の創製を行っています。

極薄鋼板(金属薄帯)の開発
磁性材料には,永久磁石に代表されるハード磁性材料と,変圧器のコアに代表されるソフト磁性材料に大別されます。現在,市場に普及しているソフト材料は,珪素鋼板とソフトフェライトがほとんどです。ところが最近,パワーエレクトロニクス技術が進展してきたことに伴い,その様相が変わりつつあります。例えば,変圧器の例だと,商用周波数(50 or 60 Hz)から20 kHzに駆動周波数を増加させることで,体積を1/100に小型化できるという報告もあります。一般的に,周波数の増加は小型・軽量化に有効な手法ですが,磁性体には磁界の変化を妨げる向きにうず電流が流れるため,周波数を高くすると損失が増加します。このうず電流損失の抑制には,磁性体の厚さの低減が効果的であることから,薄い材料の開発を行っています。現状では,5 μm程度の薄いものが実現できており,量産レベルの珪素鋼板(板厚数百μm)よりも単純計算で99 %以上のうず電流損失が削減できます。この極薄薄帯の磁気特性の改善に向け,研究を進めています。

電解めっきを利用した硬磁性膜の開発
永久磁石のような硬磁性材料も対象にしています。残念ながら工業的に応用されている高性能磁石(希土類磁石)は,電解めっきで作製することは非常に難しいため(還元しにくいため), Fe-PtやCo-Ptなどの白金系材料を対象としています。白金系磁石は多少材料費が高くなりますが,耐食性に優れることから医療・歯科分野に応用しようとその厚膜化や硬磁気特性の改善を目指しています。最近では,ドライプロセス(スパッタリング法やPLD法など)で作製した白金系磁石膜に匹敵するような磁気特性も得られるようになってきています。
新規めっき溶媒を用いた磁性膜創製
電解めっきで用いる溶媒としては,水が安価かつ扱いやすい溶媒で,我々も水をベースに研究を行っています。水は安価かつ扱いやすい溶媒ですが,上述のように希土類元素など酸化しやすい元素(還元が難しい元素)は析出させることが困難です(析出よりも水の電気分解の方が先に起こるため)。そこで最近は深共晶溶媒(Deep Eutectic Solvent)と呼ばれる新しい溶媒を用いて磁性膜の作製に取り組んでいます。DESをめっき溶媒とした研究を進めているグループは,今のところ国内にはありません。最近では水溶媒から作製しためっき膜に匹敵するような磁性膜も作れるようになってきており,研究対象として面白い溶媒だと思っています。

無電解めっきを用いた磁性膜創製
近年,電気電子機器の小型・高性能化のために駆動周波数が徐々に増加しており,磁性体を用いた磁性デバイスにも駆動周波数の増加に対する要望が高まっています。駆動周波数を増加させた際に問題となるのがうず電流損失になります。うず電流損失は,子供のころにコイルに磁石を出し入れすると電流が流れる実験をしたことがあると思いますが,まさにその現象です。周波数が高いということは,頻繁にコイルに磁石の出し入れが起こっているのと等価であるため,磁性体内にはどんどんうず電流が流れます。うず電流が流れると発熱し,その分損失になります。この対策としては,磁性体の厚みを薄くするか電気抵抗率を高くする必要があります。電解めっき法は,成膜時の電流密度や成膜時間によって膜厚が制御できる(薄く作ることもできる)ため,実用的な成膜手法ですが,成膜に電流を流す必要があるため,導電性基板が必要となります。うず電流損失は導電性基板でも発生しますので,基板を非導電性基板に変更できれば,高周波駆動の要望に対しては有利になります。このような理由で,非導電性基板への成膜に向けた無電解めっき法による厚膜作製を研究しています。対象がマイクロメートルの厚みなので,成膜速度が遅いプロセスでは使い物になりません。そこで,「高速成膜(> 10 μm/h)」をキーワードにより良い材料の実現を目指しています。
過去の研究
参考までにこれまでの取り組みに関してご紹介いたします。
計算機解析
Nd-Fe-B系磁石の保磁力改善に関する研究~計算機解析~
計算機解析を用いた硬磁性材料の磁気特性劣化要因の解明
電気自動車等のエンジン部で用いられるモータ用磁石は高温下にて動作するため,高い熱安定性が要求され,一般には,保磁力の大きな材料が熱安定性が高くなります.現在,高保磁力を得るために,NdFeB磁石に重希土類であるTbやDyを添加等が行われていますが,重希土類は資源的な問題や反強磁性的なスピンの結合による磁化の減少等が問題となります.そこで,重希土類の添加を行うことなく保磁力の増加をはかりたいという要望があります.NdFeB結晶の異方性磁界は5.6 MA/mでありますが,実験的にはその半分程度しか得られいないことから,本研究では理論値により近い保磁力を得るための設計指針を得るために,計算機解析を用いてアプローチしております.
ナノコンポジット磁石の磁気特性の計算機解析
保磁力が十分大きい時,(BH)maxの理論最大値は材料の飽和磁化の2乗に比例します.そこで,ハード磁性材料と飽和磁化の高いソフト磁性材料を複合したナノコンポジット磁石が盛んに研究されてきました.我々の研究室では,マイクロマグネティックス理論による計算機解析により,ナノコンポジット磁石のポテンシャルに関して,様々な報告をしてきました.現在は右図のようなソフト相を針状にし,形状異方性を付与したナノコンポジット磁石において,ハード相の配向度,結晶粒径サイズ,ソフト相のアスペクト比,配置,ハード:ソフトの混合比等が磁気特性に与える影響を計算機解析により系統的に評価しております.
研究背景・方法
NdFeB磁石の着磁および減磁シミュレーション手法の確立に関する研究
近年,モータの高性能化に伴い,希土類系磁石の消費が著しく増加しております.希土類系磁石の中でもNdFeBはコストに対する磁気特性が優れているため,広く利用されております.このNdFeBはキュリー温度が比較的低いため,温度の影響を大きく受けます.また,比較的長い時間高温下に曝されると,磁力が弱まる減磁が起こります.本研究室ではこの減磁量を予測する手法を提案してきました.現在は着磁から減磁予測までを一貫して行う手法を検討しております.また,ユニークな磁石の減磁に関して,解析と実験の両方からのアプローチを行っております.図は,NdFeB円筒形磁石を120度で1時間熱暴露した際の磁石内部における減磁量の分布を示したもので,場所によっては6 %も減磁が起こることがわかります.
円柱筒形磁石内部の初期減磁の分布
Terfenol-D/a-Fe型ナノコンポジット材料の磁気・磁歪特性に関する研究
Terfenol-D(Tb0.3Dy0.7Fe2)は大きな磁歪を持ちつつ,結晶磁気異方性も比較的小さいということで,バランスの良い磁歪材料として知られています.しかしながら,結晶磁気異方性が小さいといいましても10^5 J/m^3のオーダの大きさがあり,低損失化という観点からはこれを小さくしたいという要求があります.結晶磁気異方性を低減させる手法として,非晶質化やナノ結晶化が考えられ,何件かの実験結果報告があります.本研究室では,数年前から計算機解析による微細構造の最適設計手法に磁歪エネルギー関する項を加え,微細構造が磁歪および磁気特性に与える影響に関する検討を行ってきました. その結果,左図のように大きな磁歪を有する材料では,ある結晶サイズよりも小さくなると飛躍的に磁歪特性と軟磁気特性が改善するということが判明しました.現在は,Terfenol-Dとa-Feをナノスケールでコンポジット状態にした際に,磁歪・軟磁気特性にどのような影響が現れるかを解析中であります.

大きな磁歪を有する材料では,約20 nmの前後で急峻に特性が変化
ポストアニーリングによる異方性NdFeB磁石膜作製に関する研究
多層膜+ポストアニーリング法により異方性のNdFeB膜およびNdFeB/a-Fe型ナノコンポジット磁石膜の作製を目標としています.多層膜による異方化や基板加熱による異方化に関しては報告がありますが,本研究では最終的にバルク磁石への応用を考慮して,ポストアニーリング法による異方化を目指しています.今までにNdFeB/Taの多層膜において,ポストアニーリングによって配向することが確認できており,現在はその配高度を向上させる添加物の模索および配向メカニズムの解明等を行っております.
規則-不規則混在型Fe-Pt交換スプリング厚膜磁石の作製に関する研究
Fe-Ptのスパッタ膜に関して研究を行っております.Fe-Ptは成膜直後にはfcc構造のソフト磁性を示しますが,熱処理を施すことでfct構造に変化し,ハード磁性を示します(規則-不規則変態).その途中段階の試料を作製し,規則相と不規則相の混在型ナノコンポジット磁石膜の作製を検討しております.NdFeB/a-Fe型のような異化合物(元素)のナノコンポジットではないことから,より強い交換相互作用が期待されます.現在までに,規則相と不規則相の混在は確認できておりますが,厚膜化を行うと基板から膜が剥離する問題が生じており,バッファ層の最適化や熱処理法の工夫等を検討中であります.
パルス熱処理を利用した添加物入りNdFeB系ナノコンポジット薄帯磁石に関する研究
本研究では,NdFeB/a-Fe系ナノコンポジット薄帯磁石の高性能化に関して研究を行っております.右図のように,我々がパルス熱処理と呼んでいる“短時間・高出力で非晶質薄帯に熱処理”を施すことで,添加物を必要とせずナノ結晶を得ることが可能です.このパルス熱処理と添加物を組み合わせることで,磁気特性の向上を目指しています.また,非晶質薄帯作製過程にも着目し,異方性ナノコンポジット磁石作製に関する検討も行っております.
研究背景・方法など
同組成のNdFeB非晶質薄帯に熱処理を施した際のTEM像


通常熱処理(一部結晶粒の肥大化を観測)

パルス熱処理(粒の肥大化は観測されず)

無電極ランプの発光効率改善に関する検討
無電極放電ランプは,従来のランプの大きな不点灯要因であった電極やフィラメントを用いない新しいタイプの照明です.その特長は長寿命であるということで,ナショナル製のEver lightでは公称60,000時間という点灯時間を実現しております.最近では,メンテナンス重視の市場で普及が始まっており,例えば明石大橋のライトアップ用や長崎のアーケードでも用いられております.ランプのバルブ内にはフェライトコアが封入されており,電磁誘導を利用して発光します.本研究では,この無電極放電ランプに関して,発光強度の解析手法を確立するところからスタートし,現在では等価回路のデザイン,コア材料やバルブ形状が発光強度に与える影響等を有限要素法を用いて解析を行っております.
研究背景・発光原理


長崎のアーケード
高性能透磁率制御軟磁性コア用材料の作製過程に関する検討
近年,パソコンや携帯電話に限らず,TV等の家電製品,自動車,自動販売機等も情報ネットワークに接続された社会が形成されつつあります.そのような環境下ではネットワーク接続に関連する情報通信機器は常に稼動状態となるため,それらで消費される電力は今後著しく増加すると考えられます.今後の情報通信機器の電力需要の高まりを踏まえ,電源回路出力部に不可欠な磁気デバイスである小電力用透磁率制御型軟磁性コアのコア材料に着眼し,既存材料の磁気特性を凌駕しつつ,そのサイズを半分以下にできる新規な材料を開発を行ってきました.その結果,ナノ結晶材料に応力熱処理で誘起される異方性を適用することで,高性能なコアが作製できることが判明しました.本研究では,コア作製プロセスに着目し,“より簡素に作製するには?”をテーマとして,新しい作製方法を提案・検証を行っております.
研究背景・方法・理論計算とよく一致する実験結果

米粒と作製したトロイダルコア